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越前ガニ雑記帳越前がに楽膳ブログ

福井ブランド『越前ガニ』

福井県では「越前・福井」のブランドや名産品を世に広めるため協力してくれる人を「福井ブランド大使」に任命して、皆さんに越前・福井のことを理解していただく努力をしています。越前がに楽膳の主人も「越前ガニ」を世に広める「福井ブランド大使」として活動しています。この『越前ガニ雑記帳』はその活動の一つです。越前がに楽膳の主人が、越前ガニの知識を得てもすぐに忘れてしまうことから、少しでも覚えておけるようにするための覚書です。自分勝手なページで恐縮ですが、読まれた方が少しでも越前ガニの世界を分かっていただいて、興味を持っていただき、越前ガニを味わいにご来店していただければ、といった気持ちで書いております。あくまでも独り言の類ですので、間違ったことを書くかもしれませんが、そのときはどうぞご容赦いただいて、私に正しい知識を教えてください。私も勉強になります。

越前ガニ漁は11月6日から3月20日まで

11月6日に越前ガニ漁がスタートします。11月の越前は、まさに冬の味覚の王者「越前ガニ」シーズン真っ盛りといったところです。ズワイガニにはいろいろな地方名があり、福井県で「越前ガニ」と呼ばれているズワイガニは石川県で「加能ガニ」、山陰地方では「松葉ガニ」と呼ばれています。福井県で水揚げされる越前ガニのほとんどは「三国港」と「越前港」の二つの港で水揚げされています。水揚げ量が限られており、美味であることから、とても貴重で高価なズワイガニとして取り引きされています。

越前ガニ業者の泣きどころ その1『養殖できない』

ご存知でしょうか?越前ガニを扱う業者には泣きどころがあるんです。越前ガニを扱う業者とは私のことですが、カニを扱う上で泣かされることが多々あります。お暇でしたら私の愚痴を聞いてください。泣きどころその1は「越前ガニを長期間、水槽で生かすことが難しい=養殖できない」ことです。越前ガニは水深300mほどの深さにいる深海の生物です。恐ろしく水圧がかかる、地上とかけ離れた暗闇の世界の住人です。これを深海から引き揚げてきて、地上の環境の中で育てようというのですから難しいですね。最近では、海から離れた山の中でアワビやトラフグを養殖したり、マグロの養殖に成功したりという話がありますが、越前ガニにはそんな話はありません。卵をかえして海へ放流すれば、かえってくるといった事もありません。もちろん、越前ガニが店舗のお粗末な設備の水槽で長生きする筈が無いのです。養殖できないということは、水槽で長く生かすことができないという事であり、長く生かすことが出来ないという事は仕込んだ先からお客様に調理して提供しなければならないということです。たとえ水槽で長く生きてもエサを与えていないので、どんどん越前ガニが痩せていきます。どんどん味が落ちていくということです。調理する私にとっては、いやですね。もし養殖できれば、市場に発注できるので、いつどれだけ入荷すると、安定的に計画を立てて営業できるのですが、それができないのです。安定した供給がなければセリ値も上がってしまいます。

越前ガニ業者の泣きどころ その2『水揚げは波まかせ』

当店にお越しになるお客様の中には「越前ガニは毎日水揚げがある」「越前ガニは毎日地元の市場で取り引きされている」「店に行けばその日に水揚げされた越前ガニを食べられる」と思われている方がいらっしゃいます。これは全くの間違いです。毎日のように越前ガニの水揚げはありませんし、地元の港で毎日セリにかけられるわけではありません。冬の日本海といえば、強烈な北からの寒波による強風と荒波です。しょっちゅう海が荒れるのです。厳しい冬の海の越前ガニ漁では、事故が起こり漁師が亡くなることもあります。冬型の気圧配置になれば、波が静まる日を待って漁に出ることになります。毎日水揚げがあるわけではないのです。それどころか、波が穏やかであっても漁師が越前ガニのセリ値を上げるため、わざと漁に出るのを遅らせて日程を調整することすらあるのです。いつ水揚げがあるのか、どれくらいの数量が水揚げされるのか、事前に分からないのが泣きどころなのです。。。他にも有るのですが、あまり、泣き言ばかり書くと気が滅入りますので、「越前ガニ業者の泣きどころ」の続きは、私が長く運営を続けている「三国温泉 お宿あらや」のWEBの方に書くことにします。興味のある方はそちらへどうぞ。

越前ガニの歴史 ~『古事記』~

食としての福井のカニの歴史を見ますと、古くは『古事記』に出てくるというから驚きです。ずいぶん昔から知られていたんですね。宴が催されたときに、応神天皇が「この蟹 何処(いずく)の蟹 百(もも)伝ふ 角鹿(つのが)の蟹」と始まる歌を詠んだそうです。この歌に出てくる「角鹿」とは現在の福井県の敦賀(つるが)のことだそうです。いかに昔から食卓に福井のカニが並んでいたか分かりますね。このころはどうやってカニを捕まえていたのでしょうか?このカニは『越前ガニ』なのでしょうか?分かりましたら、またここに続きを書きます。

越前ガニの歴史 ~室町時代~

室町時代には、公家の三条西実隆(さんじょうにしさねたか)の日記『実隆公記』に、永生8年(1511年)3月、「伯少将送越前蟹一折」「越前蟹一折遣龍崎許了」という一文があるそうです。このことから、すでに室町時代には「越前蟹」の名で世に知られており、しかも都の公家が美味しいグルメな贈り物(贈り蟹)として越前ガニを贈っていたことが分かります。ただし、この「越前蟹」とあるものが今のズワイガニ(今の越前ガニ)であるかどうかははっきり分からないそうです。別の蟹を「越前蟹」と呼んでいた可能性もあります。私としてはこれが今の越前ガニであって欲しいですね。

越前ガニの歴史 ~江戸時代~

江戸時代の福井県には、はっきり今につながる越前ガニの歴史があります。福井藩、丸岡藩など様々な藩がありましたが、越前福井の産物を記した『越前国福井領物産』(享保9年=1724年)には、「ずわいがに」の名称があり、「取得かたき時節も御座候」と注意書きがあるそうです。取れない時期もある、とはまさに今の越前ガニ漁ですね。江戸時代の越前ガニ漁の様子を調べましたら、またここに書きます。

越前ガニの歴史 ~明治時代~

福井県は、越前ガニを福井の産物として、皇室に献上しています。「献上ガニ」と呼んでいます。献上ガニの始まりは、明治42年(1909年)に四ケ浦(今の越前町)から皇室に献上されたことだそうです。現在では毎年二月ごろ、三国港で水揚げされた越前ガニが丁寧にゆでられたのちに、坂井市市役所職員の手で皇室に運ばれています。福井では献上ガニが行われると、毎回ニュースに取り上げられています。

越前ガニの歴史 ~『福井県のさかな』~

「越前ガニ」とは、福井県で水揚げされたズワイガニの地方名です。福井県は平成元年(1989年)に正式に「越前ガニ」を「県のさかな」に指定しました。以前は県外や国外から安価なズワイガニが市場を通して福井県内に流通し、小売業者が地元産以外のカニを「越前ガニ」として販売して、地元産のカニの信用を落としめたことがあり、危機感を覚えた越前町漁業協同組合が1997年から越前ガニに標識票を付ける試みを始めました。標識票(産地証明タグ・越前ガニは黄色)はプラスチック製のもので、現在までに数度、形が変更されています。越前町漁業協同組合が始めた試みは県内の他の漁業組合に広がり、同じ県内でも色は同じ黄色ですが「越前港」と「三国港」では形状が異なります。今では福井県の地域ブランドとして、標識票の付いた越前ガニのイメージがすっかり定着しています。標識票とは産地証明タグのことで、越前ガニのはさみの根元部分に取り付けられています。産地証明タグの裏側は、水揚げ港である「越前港」や「三国港」の名が記されており、水揚げのときに漁業者の手で取りつけられます。ちなみに福井県以外のカニの産地ですが、証明タグを取り付けることがすっかり一般的になり、タグの色も形状も港ごとに違うものが取り付けられています。そのため、水揚げの港がすぐに分かるよう工夫されています。どこも地域ブランドの発信に利用しているのです。

越前ガニの歴史 ~新ブランド『極』(きわみ)~

福井県では2015年11月6日から、重さ1.3kg以上、甲羅の幅14.5cm以上、爪の幅3cm以上の越前ガニを新ブランド「極(きわみ)」として売り出していくことになりました。「極」として認められると黄色の標識票(産地証明タグ)のほかに「極」と書かれたタグがはさみの根本部分に取り付けられます。「極」の選定は特に越前港で厳しく、漁業者(漁師)側とセリに参加する仲買業者双方の了承が無いといけません。水揚げした漁師がどんなにこの越前ガニが「極」と主張しても仲買がダメとはねのければ「極」タグは付かないということになります。「極」は素晴らしい越前ガニですが、二人で食べるには大きすぎます。また、水揚げされる数が非常に少ないこと、価格が10万円を超える場合もあること、仕入れても死んでしまってはお客様にご提供することができないことなど、お客様に確実に美味しい越前ガニをお届けするため、越前がに楽膳では取扱いを控えさせていただいております。

「越前がに楽膳」は、福井県坂井市三国町の東尋坊ちかくにある「三国温泉 お宿あらや」一階のお食事処です。11月から3月末までは越前ガニ料理の専門店となります。

︎【越前がに楽膳】越前ガニの取り扱い

︎【越前ガニ 食事・昼食】お食事・ご昼食コース一覧

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